母なる大地のはなし

命あふれる土をめぐる旅 〜イタリア(1)〜

体験から学ぶサステナビリティ

「母なる大地のはなし」では今後、国内外での大地にまつわる体験レポートもお届けしていきます。その第一弾は、イタリア北部を横断した石坂小鈴さんの話。4回シリーズでお楽しみください。

【連載】命あふれる土をめぐる旅〜イタリア〜
(1)体験から学ぶサステナビリティ
(2)ワインづくりから生物多様性を高めるバローロ生産者の挑戦(ピエモンテ)
(3)手を動かしながら人の多様性の交わりを育む社会的協同組合(ボローニャ)
(4)食べられる庭を島中に作る、自給自足のコミュニティ(ヴェネツィア)

くぬぎの森」や「三富今昔村」の自然に囲まれ、環境に対する価値観を自然と養いながら育てられた石坂小鈴さん。母・石坂典子さんは石坂産業の2代目社長で、資源再生事業や農業法人石坂オーガニックファームなどを経営する環境ビジネスの最先端を行く会社のリーダーであり、仕事でも家庭でもサステナビリティについて考えることは日常の一部です。そんな小鈴さんが20代を迎えた今、大学を卒業し会社のさらなる発展を担う未来の種として、新しい道を切り拓こうとしています。

まず最初に必要だと思ったのは、「まだ見ぬ世界を見て回り、新しい視点を社内に持ち込むこと」。土壌の再生と健康に取り組む企業や団体の国際コンソーシアムJINOWAが企画した「土をめぐる旅」に参加するため、小鈴さんは2022年9月に思い切ってイタリアを訪れることを決めました。

この土をめぐる旅で小鈴さんは北イタリアを横断し、ピエモンテの醸造家エンリコ・リヴェット氏、ボローニャの再生ガラスアーティストのホアン・クルス氏、循環農業にヴェネチアで取り組むミケーレ・サヴォルニャーノ氏といった、各地で先見の明を持つ人々が率いるコミュニティを訪ね、五感を培い、その土地に根ざしたプロジェクトで実際にどのような持続可能なアイデアが実践されているか自分の目で確かめに行ったのです。


小鈴さん Photo by Masato Sezawa

試行錯誤しながら学ぶ

イタリアで最も名高いワイン産地のひとつ、ピエモンテ州ランゲ地区。ここにあるバイオダイナミック農法のワイナリー、リヴェット社を訪れた小鈴さんの目にまず飛び込んできたのは、敷地内を楽しそうに駆け回っている子供たちの姿でした。実はリヴェット社は、生物多様性豊かなブドウ畑や、ブドウの他にも栽培する様々な作物の畑に囲まれた環境を生かし、子どもたちが日々自然に触れながら学ぶ小学校をこの秋に開設したばかりです。 小鈴さんはこの小学校を訪れて、”子どもは座って授業を聞いて学ぶのではなく、五感を使って物事を理解する”という体験教育の大切さを痛感したと言います。

同じく小鈴さんと旅に参加した、ソニーコンピューターサイエンス研究所シニアリサーチャーである舩橋真俊さんは、地球生態系の自己組織化能力を多面的に活用しながら有用な植物を生産する農法「シネコカルチャー」など、拡張型生態系を推進していますが、やはり体験学習の重要性を強調しています。舩橋さんはこのイタリアの旅からヒントを得て、「ReCreation」という「実践と結びついた新しい教育理念」のあり方という仮説が浮かんだと言います。これは楽しみながら、子どもたちが “衣食住、さらには情報やテクノロジーの仕組みを一通り自らの手で学んで仕組みを体で理解し、必要に応じてものを作り直したり、より発展させたり、かえって使用を控えたり、与えられた文明の利器をただ利用するだけでなく、持続可能に作り直す再構築の作業であり、これによって子供たちの自由度が格段に広がるような教育の可能性です。


舩橋さん(右) Photo by Masato Sezawa.

子供にとって重要と感じたのと同様に、小鈴さん自身も多様なリアリティの中に身を置くことで、学ぶ感覚が強まったと感じたそうです。これまで小鈴さんは、広大な社会問題や環境問題に取り組むには、ローカルに限定されたやり方では一見すると広がりが少ないように思え、どこか無力感を感じていました。「この旅に参加して、サステナビリティに関わる問題をローカルなスケールで解決しようとしている人たちがたくさんいることを実感しました。小さなことから始め、人々の強い関心を集めながら進めていくことが、いかに重要であるかがわかりました」。

その後小鈴さんは、ヴェネチアのジュデッカ島で、パーマカルチャーと福岡正信の自然農法に基づく「都市型分散型共同農業 (FUD)」を進めるサヴォルニャーノ氏と出会い、新たな発見を得ました。それは学校では教わることがなかった生物多様性の重要性についてでした。「たくさんの異なる植物が一ヶ所に混植・密植することが、より作物同士の助け合う力を引き出し、土壌も健康にすることを知り、驚きました」と説明しています。


Photo by Masato Sezawa

また、ボローニャにある依存症や精神疾患、障害を持つ人々が仕事を通じて社会に溶け込めるよう支援する社会協同組合「エータ・ベータ(etabeta coop)」では、小鈴さんはセラピーや表現としてのアートの重要性を意識するようになりました。エータ・ベータの共同設立者であるホアン・クルス氏は、「人間には2つの脳があり、そのうちの1つは手にあるのだ」と説きます。この協同組合では、ガラス、木、陶器などのリサイクル素材を使った工芸品を、就労者に対し専門性の高い訓練を提供することで、新しい雇用を創出しています。

エータ・ベータのガラス細工や食器がミシュランの3つ星レストランでも使われている事 実からも、廃棄物由来でも美しいものは社会をちゃんと動かし、非言語的コミュニケーシ ョンとしての芸術の価値を理解して感動したと言う小鈴さん。「アートを見れば人は何か を感じることができます。だから、アーティストは環境問題に興味がない人に対しても、 アートを通じて影響力のあるメッセージを発信することができるのですね」。


Photo by Masato Sezawa

未来の種をまく

小鈴さんがいま最も課題に感じていることのひとつは、どうやって日常生活の中でサステナビリティを取り入れ実践し続けられるかということ。「周りの友達にサステナブルであることがなぜ大事なのか、よい食べ物を選んだ方が体にも地球にも良いよと説明しても、必ずしもすぐに理解してもらえないことがあります」と彼女は振り返ります。環境教育で大事なのは、ルールだからと従うだけでなく、なぜレジ袋を使わないのが地球のためになるのか、そのような行動がどんなインパクトを生み出すのか、自分の頭で考え、納得して行動してもらうことが重要です。「ルールにすればしばらくの間は実行するかもしれませんが、本当に理解していないと効果的で長期的な解決策にはなりませんよね」。

リヴェット社のワイナリー、サヴォルニャーノ氏の農場、エータ・ベータのガラス工房、そして石坂産業の再生された里山や森、オーガニックファームに共通することは、より健全で持続可能な社会がどのようなものか、見て、触れて、味わって、聞いて、嗅ぐことができる、地域に根ざしたリアルな場所であることです。

三富今昔村の里山や石坂オーガニックファームは、誰にでも開かれた場所。つまり、この場所にはサステナビリティについて学びたいという人以外にも、自然の気持ちよさを感じたい人や、体に優しく美味しいものを求めて人が集まってきます。「サステナブルを啓蒙するための最も重要なツールは、知識ではなく、まず純粋に楽しむことだと思います」と小鈴さん。

舩橋さんも同意見です。「楽しみのレクリエーションと連動しているものが本物の教育だと思います。いまの教育は、文明の根本的な仕組みを楽しく自分の手で作り出す経験という教育機会をむざむざ無駄にしているように思います。大量生産されたもの、買ったものに依存せず、自分で作ったもの、自分で手を入れて加工したものに囲まれた生活は、真の文明的な人生を踏み出す第一歩ではないでしょうか」。

土に触れる。自らの手で暮らしを作り出す。その小さな積み重ねが、地球の土をよくするという壮大な挑戦にローカルから取り組む世界の人たちと深く結びついていく、そんなことを改めて実感したイタリアの旅だったようです。


Photo by Masato Sezawa

石坂オーガニックファームでは、世界各地の土をよくする活動を実践する研究者や活動家と協力して、さまざまな手や体で感じる土の教育活動を進めています。ぜひ土をよくする暮らしのヒントを学びに会員制循環型体験農園ReDAICHI にご参加ください。

全4回シリーズでお届けする「土をめぐる旅」は、メディアパートナー IDEAS FOR GOOD とコラボレーションしています。同じ旅を別の記事で、こちらから2度楽しんで いただくことができます。ぜひご覧ください。

寄稿者:マーラ・バッジェン
東京を拠点とするフリーランスジャーナリスト。持続可能性、開発、人権分野を専門とする。サステナビリティニュースサイトLifeGate.com の元編集長で、現在はアジア太平洋地域の社会、文化、環境に関するストーリーを、文章、音声、映像の形式で世界のオーディエンスに届けることに注力している。The Japan Times、The Guardian、BBC Travel、Gastro Obscura に寄稿中。最新の作品はmarabudgen.com でご覧ください。